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高松高等裁判所 昭和46年(ネ)102号 判決

控訴人 日本電信電話公社

訴訟代理人 川井重男 外四名

被控訴人 前田重幸

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

理由

一  控訴人は、肩書地に本社を置き、公社法所定の業務を行う法人であつて、その四国電気通信局の現場機関として徳島市大工町二丁目に徳島局があること、被控訴人は、昭和三三年四月控訴人に採用され、同四四年当時右徳島局施設部第一線路宅内課に業務職二級として勤務していたこと、しかるところ被控訴人が昭和四四年二月一八日徳島地方裁判所で業務上過失傷害および道路交通法違反の各罪により禁錮六月、執行猶予二年の判決の言渡を受け、同判決がそのまま確定したこと、控訴人は、それが就業規則第五五条第一項第五号の「禁錮以上の刑に処せられたとき」に該当するとして、同年三月五日被控訴人に対しいわゆる分限による免職処分をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  ところで公社職員に対する分限処分については、公社法第三一条に規定がある。それによると「職員は、左の各号の一に該当する場合を除き、その意に反して、降職され、又は免職されることがない。〈1〉勤務成績がよくないとき。〈2〉心身の故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えないとき。〈3〉その他その職務に必要な適格性を欠くとき。〈4〉業務量の減少その他経営上やむを得ない事由が生じたとき。」と定めている。いうまでもなく同規定は、右に列挙した事由に該当したい限り、分限としての降職又は免職の処分を受けることがないという公社職員の身分を保障した強行規定であり、もとより分限免職に関する就業規則の定めも、同法条の趣旨を逸脱することがあつてはならないのである。

そこで控訴人の就業規則の関係規定であるが、その第五五条第一項に「職員は、次の各号の一に該当する場合は、その意に反して免職されることがある。〈1〉勤務成績がよくないとき。〈2〉省略。〈3〉その他心身の故障のため職務の遂行に支障があり、またこれに堪えないとき。〈4〉禁治産者または準禁治産者になつたとき。〈5〉禁錮以上の刑に処せられたとき。〈6〉その他その職務に必要な適格性を欠くとき。〈7〉省略。」と定めていることは当事者間に争いがないところ、控訴人は、被控訴人に対する本件分限免職処分の直接の根拠とした右就業規則第五五条第一項第五号について、公社職員が禁錮以上の刑に処せられたときは、国家公務員につき欠格事由とされている(国家公務員法第七六条第三八条)のに準じ、公社の公共性の高い業務に照らし職員として職務に必要な適格性(一般的能力)を根底から欠くものと評価されるが故に、公社法第三一条第三号の「その他その職務に必要な適格性を欠くとき」に該当し、且つそのうちでも意に反する免職に相当する場合を具体的に示したものであるから、職員が禁錮以上の刑に処せられた場合はそのこと自体により当然免職されるものであると主張するので

検討する。

先ず公社法第三一条の職員の意に反する降職又は免職の規定は、国家公務員法の分限の規定中第七八条に相当するもので、職員の職務違反行為の責任を問擬する懲戒とは異なり、右第三一条第一ないし第三号は公社の事業の能率的運営を維推するため、一定の事由により支障のある職員を公社自体或いは当該の職務から排除することを認める制度であつて、同条第三号についていえば、公社職員が担当の職務遂行上必要とされる知識、技術、規律やその他の能力、性格など人の属性に関する欠陥の故に当該職務を十分に果しえない場合に、その程度に応じて降職又は免職の処分を肯認し、もつて事業の能率を維持する趣旨である。

しかして国家公務員法では職員が禁錮以上の刑に処せられた場合には、同法第七六条の欠格事由の一に当り、当然失職するものとされる。しかし公社法ではかような規定を欠くばかりか、同法第一三条の分限処分の事由としても特に掲記されておらず、同条第一・二号に掲記する事由以外は職員が禁錮以上の刑に処せられた場合であつても、同条第三号により前記分限免職の趣旨に照らし、その行為その他により総合的に適格性の有無を判定すべきであるとの立場をとつていると解するのが相当である。国家公務員の場合の失格規定は行政の担当者として公務の権威を保ち、その公正な遂行に当るという職務内容に照らし、このような刑に処せられた場合は職員としての資質を欠くものとの考えにもとづくものと解されるが、公社の事業の公共性は非権力的な経済活動として社会成員全体の生活上の便益を増進するための役務の提供であつて、自ら国家公職員の場合と差異の存するところに従つて身分上の取扱いにも差異を生じることは当然というべきである。したがつて就業規則第五五条の規定もこの趣旨を明らかにしたものと解するのが相当である。

そうだとすれば公社職員が禁錮以上の刑に処せられた場合に、「公社より排除(懲戒免職、分限免職または辞職の承認)するものとする。ただし特別の事情により引続き勤務させることが必要であると認めた場合において、………総裁の承認を受けたときはこの限りでたい。」との当事者間に争いのない公社の第一四九号通達も結局以上述べた趣旨により同号所定の刑の言渡を受けた場合において、なお適格性ありとすべき場合に執るべき手続を定め、運用面においてこれを明らかにしたにすぎないものと解すべきである。しかして公社職員が禁錮以上の刑に処せられた場合は公社の社会的信用を失墜し、多くの場合公社職員にふさわしくない素質性格の発現として適格性を欠くものというを妨げたいが、結局はそれを一つの徴表としながら適格性の有無を判定すべきものであつて、その判断は在命権者の裁量に属するものというべきであるが、純然たる自由裁量に委された問題ではなく、一定の客観的基準に照らして決せられるべく、その判断を誤つて処分した場合には裁量権を誤つた違法のものとなるというべきである。

しかるところ本件の場合、控訴人はその主張自体からも明らかなように、公社職員が禁錮以上の刑に処せられれば、当然に職務適格性を欠くものと断定し、ただそうした職員のうち特別にすぐれた者などにつき例外的に身分存続を図るとの見解を持したうえ、これをそのまま被控訴人に適用し、身分存続を図る特別の事情なしとして本件処分に及んだものである。

そこで以下前説示に照らし結局において控訴人が被控訴人を職務適格性なしとして分限免職処分にした判断が裁量権を誤つたものというべきか否かにつき検討する。

(一)  先ず控訴人が強調するように、飲酒運転による交通事犯に対する世論が、一段と厳しくなつていたことは事実であり、それに伴つて控訴人が職員のその種の事案につき厳格に解釈運用するとの見地は、分限処分を考えるに当つても十分考慮に価いするものというべきである。もつとも控訴人は、後記高知の事例につき身分存続の上申があつた際の昭和四三年九月上旬今後は飲酒のうえ交通事故を起し禁錮以上の刊に処せられた場合、一切身分存続の特別詮議を認めないとの方針が再確認されたなどと主張するが、この主張事実を認めるに足る疎明はないというべく、この点につき原判決の説示(原判決三六枚目裏三行目「高知の職員」以下同三七枚目表一〇行目まで」)と同一であるからそれをここに引用し、なお当審における控訴人の疎明によつてもこの認定を動かすに足りない。

(二)  そこで被控訴人の本件事案や勤務成績などにつきみるに、その詳細は、原判決の認定するとおり(原判決二五枚目表七行目より同二八枚目裏七行目まで)であるからそれをここに引用し、なお当審における控訴人の疎明によつても、この認定を動かすに足りない。 そこで右認定事実によると、被控訴人は車両の運転を全く予期しないまま飲酒したところ、たまたま集中豪雨という異状事態発生したため、帰宅できない妻の願いを容れて車両を運転するに至つたものであつて、当時飲酒後或る程度の時間を経過していたこと、被害の程度も比較的軽微で、その弁償についても十分に誠意を示して早期に解決していることや、この件につき被控訴人が新聞紙上などにより特別批判を浴びたわけでもないことをはじめとして、前記引用した原判決認定の諸事情、更に〈証拠省略〉によると、被控訴人は昭和三八年に道路交通法違反(一時不停止)により罰金二〇〇〇円に処せられたことが認められるにとどまり、未だこの種の事犯を敢行する傾向性ありとなすに足りないことがいずれも看取されるのである。

(三)  次に当時の公社職員による同種事案及びその処分例と対照して考察するに、原判決添付別紙(一)及び(三)の事案と本件との比較については、いずれも当裁判所の判断は原判決の該当部分の記載(原判決二八枚目裏八行目から三六枚目表五行目まで。ただし三一枚目表六行目「同乗車」を「同乗者」と訂正し、同三五枚目裏三行目「しかも」以下同一〇行目「いるのであり」までを除く)と同一であるから、これをここに引用する。

そこで右に引用した原審の判断に対する当審における控訴人の主張について検討する。

(1)  高知の事例について。

控訴人の犯罪の情状などについての主張を考慮しても、本件よりその刑期が長期に亘ることや、前叙のように本件では事故発生の状況にも同清すべき余地があることなど、犯情に恕すべき点のあることは否み難いところで、高知の事例が本件より軽いものであるとはいい難い。それに身分存続の上申をなすべき特別事情の存否として挙げられている点についても、それほど差異があるとは考えられない。なお控訴人は、特に改悛の情とか、公社における身分存続の必要性を強調するけれども、当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、事故後所属課長に報告し遺憾の意を表明したが、局長に対しては課長の注意があつたにもかかわらず、その翌年にあたる昭和四四年一・二月に組合支部分会長の地位を辞退するまで、何らの申出を行わなかつたこと、この点につき被控訴人本人(原審、当審)は当時の組合の状況からして分会長たるの立場上やむを得なかつた旨述べており、そのまま首肯すべき事由とは解されないが、なお改悛の情がなかつたとのみ責めるのはいささか酷である。又公社における必要性として、高知の事例ではその事件を契機として職員の間に安全に関する意識が盛上つたというのであるが〈証拠省略〉、このような事情は、なるほど公社の立場上事故の防止に役立つ有利な状況ではあろうが、これをもつて本件との間に取扱上の差異を生ぜしめる事由とすることには、直ちに賛成し難い。

(2)  脇町の事例について。

なるほど脇町の事例は飲酒運転とは異なり、居眠り運転であつて、控訴人主張のようにいささか社会的評価を異にするともいいうるが、傷害の内容その他によつては必ずしも常に飲酒運転が悪質とも断定しえないところ、傷害の程度は本件より重く、刑はや

や本件より軽いが大差はないことを考えると、本件と同等程度の犯情と認めてよいと思われる。

以上のように右二例との比較においては通観して本件をこれより重いとは到底断定し得ないところである。

そこで以上を総合して按ずるに、被控訴人を排除するのでなければ控訴人の事業の円滑な運営に支障が生ずるとみなければならないような不適格事由を認め難いものというべく、控訴人はその点の判断に当り裁量権を誤つたものといわなければならない。

三  しかして原判決の説示と同一の事由(原判決三九枚目裏三項)により保全の必要性が認められる。

四  すると結局のところ原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法第九五条、第八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 合田得太郎 石田真 谷本益繁)

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